イスラム国をめぐる二つの疑問
2015-02-03
その他
後藤健二氏の死は、実に残念であった。後藤氏の殺害を機に、マスコミはイスラム国を狂気の犯罪集団とする報道で一色化されてしまった。もちろん、筆者は今回の殺害における基本的事実を否認するものではないが、過剰にファナティックな報道は疑ってかかるべきだと考えている。そしてそれは、今回の事件にかかわる重大な二つの事実が黙殺されていることにもよる。
まず、イスラム国の中核をなしているのは、旧フセイン政権のバース党であり、バース党には役人たちが多数いるため、公共工事や医療、教育、徴税が適正に行われているのだという。問題は、有能で理性的なはずの官僚が、何ゆえイスラム国に参画したかと言うことである。しかし、これにはちゃんとした理由があるのだ。米軍によってフセイン政権が倒された後マリキに政権に引き継がれたが、当初、スンニー派の人々はシーア派との共存の道を模索しようとしていた。しかし、マリキが首相に就任した途端、スンニー派に対する大弾圧が行われたのだ。中でも、スンニー派の代表者が政権から追われた時、それに反対するデモが起こったが、この時なんとマリキはデモ隊に対して銃口を向けたのだ。これによる死者は、500人から1000人くらいだと言われている。この銃撃事件をきっかけに、スンニー派の人々はシーア派との和解を諦め、イスラム国に流れたのだと言われている。しかし、この重大事件が、日本では全く報道されていないのだ。ちなみに、今回もネットで検索してみたが、「マリキによるスンニー派への弾圧」といった抽象的な記述は見つかっても、事件そのものを詳細に取り上げた記事は見つからなかった。したがって、事件の日時は今もって不明である。ちなみに、筆者がどうしてこのことを知ったかと言うと、BSドキュメントによってである。すなわち、欧米メディアは、この事件を報道していたのである。
これは、明らかに故意による不作為であると思う。この事件を隠蔽しようとする何らかの圧力が、日本のメディア内部に存在したに違いない。例えば、1/31の「朝生」で、高橋和夫氏(放送大学)が、「シーア派がスンニー派に対して酷いことをして……」と述べたのだが、話はそこで終わってしまった。これは明らかにおかしい。それこそ、1989年当時、「中国政府が学生たちに酷いことして……」と言って、天安門事件に全く触れないのと同じことである。
不可解な点は、他にもある。それは、常岡浩介氏の存在である。彼も、戦場ジャーナリストとして、テレビにもしばしば登場するので、ご記憶の人も多いと思う。テレビでは、ごく普通の発言しかしないので、筆者もそれほど印象に残っていなかった。
しかし、外国特派員協会での彼は、まるで別人のようであった。テレビでの温和な表情とは打って変わり、鬼の形相で警視庁外事部第三課を、日本で最も無能な捜査機関として責め立てたのだ。彼の主張の要点はこうだ。彼は、イスラム教に入信しているため、イスラム国の司令官に友人がいた。そして、昨年湯川遥菜氏がイスラム国に拘束された時、その友人から連絡があり、湯川氏の裁判に通訳として立ち会ってほしいと言われたのだ。理由は、湯川氏はアラビア語も英語もできないので、このままでは公正な裁判が行われなくなってしまう恐れがあるので、彼の言い分を通訳してほしいということだった。常岡氏は急ぎ準備を整えイスラム国に向かおうとした矢先、警視庁外事第三課に拘束されてしまった。理由は私戦予備罪で、イスラム国に行こうとした北大生と同じものである。要は、常岡氏はイスラム国側の危険人物と見なされたのである。しかし、証拠もないので、起訴さえされなかった。しかしその後は、外事第三課の監視下に置かれたため、国外に出ることはままならなくなってしまった。もしこの時、イスラム国に赴き、自分が裁判の立ち会い人になっていたら、湯川氏は解放されていたかもしれないと常岡氏は言う。その後も常岡氏は、自分なら仲介ができると言い続けたが、当局から無視されてきた。
以上紹介させて頂いた二つの点からも、イスラム国に関して公正な報道がなされていないことは明らかであろう。そして、このような偏向報道の意図も容易に推測がつく。すなわち、前者に関しては、イスラム国に関して、同情的ないし肯定的な事実は封印したいという意図からであろう。また、後者に関しては、警察権力には一切批判しないという日本の記者クラブ体質によるものだろう。ちなみに、この常岡浩介氏の外国特派員協会における記者会見においては、多くの日本人記者が質問していたが、その後彼の主張が世に出ることはなかった。なお、この記者会見は今もインターネット上で公開されている。(https://www.youtube.com/watch?v=CbMAdyth15M)常岡氏自身も地上波ではあまり過激なことを言わなかったが、言いたいことを言って干されてしまっては元も子もないので、戦略上やむを得なかったのであろう。唯一東京MXテレビの「週刊リテラシー」という番組の中で一部を語ったので、筆者もこの記者会見の動画に辿りつくことができたのだ。常岡氏と同じ扱いを受けている人物に、中田孝氏がおり、彼も外国特派員協会で記者会見を行っている。例の北大生をイスラム国に斡旋したと言われている人物である。中田氏も、イスラム国との仲介役を引き受けると声明していたにもかかわらず、黙殺されてきた。警察は、二人ともイスラム国に近すぎる危険人物とみなしており、将来、オーム事件のようなことを起こされるのを恐れているのであろう。これは、ほとんど妄想に近いと思われるし、今回のような緊急事態ではそんな悠長なことを言っている場合ではないだろう。たとえその可能性があったとしても、実際に事が起きてから対処すればいいだけの話だ。そして、国内で危険人物と目されている者ほど、イスラム国側と太いパイプをもっていると考えるのが普通である。勝手な憶測によって、交渉の機会が奪われてしまったのは、実に残念としか言いようがない。
筆者は、イスラム国を擁護するつもりはないが、少なくとも事実に関しては公正に伝えるべきだと思う。現在の報道は、明らかに西側のフィルターを通してのものである。というか、西側メディアさえ報じているマリキ政権による大虐殺すら、日本では隠蔽され続けてきたのだ。筆者はイスラム国ウォッチャーでもなんでもないので、これらは氷山の一角に相違ない。
亡くなった後藤さんは、自分の死をきっかけにイスラム国が世界中から敵視され、それによって戦争が起こることを望んでいたのであろうか。