公正証書の活用について
2011-02-19
公正証書
東京都行政書士会文京支部では、ほぼ2カ月に1回のペースで無料相談会を行っており、私も時間の許すかぎり、これに参加しています。
私の場合、その時の回答として、公正証書をお勧めする場合が多いことに、先日ふと気づきました。例えば、次のようなケースです。
(ケース1)
親戚の者に安く部屋を貸していたが、次第に家賃を払わなくなった。改めて契約書を交わすことに相手は同意しているが、それでも不安だ。
(ケース2)
旦那が80万とか、かなり高額の金を「貸せ」と言って持って行ってしまう。夫婦間とは言え、きちんと契約書を交わしたい。
(ケース3)
店舗を又貸しようかと思っている。長年の知合いだが、万一のことが心配だ。
行政書士は原則として、紛争性のある案件を受任してはなりません。これは、弁護士法72条の規定(非弁活動の禁止)によるもので、漫画「カバチタレ」のようにおおっぴらに弁護士まがいの行為をすると、刑事告訴される恐れがあります。したがって、行政書士の受ける相談は、紛争になる以前にトラブルを未然に防ぎたいといった内容のものが多くなってきます。これを予防法務と言います。
となれば、公正証書の出番ではないか、というのが私の意見です。
公正証書は、公正証書遺言が一番有名ですが、それだけではありません。普通の契約書でも、公序良俗に反するとかの違法性がなければ、公正証書にすることは可能です。公正証書の最大のメリットは、何と言っても執行力を付与できることに他なりません。執行力とは、裁判の判決と同じように、強制執行ができることです。自筆証書遺言の場合は、遺産分割協議書を作成するか、家裁で検認の手続を取ることによって、初めて執行、すなわち、金融機関の凍結を解除して相続人に分配するとか、不動産の変更登記ができるようになります。しかし、公正証書遺言さえあれば、このようなしち面倒くさい手続抜きに、いきなり執行することができます。もちろん、遺言の内容に沿ってですが……。
なぜか。それは、公正証書を作成する時は、公証人の目の前で、当事者が出席して(遺言の場合、さらに二人の証人の立会いのもとで)、本人の意思を確認しつつ、公証人が書面の内容を吟味し違法性がないかをしっかりチェックした上で、作成されるからです。公証人のほとんどは、退官した裁判官か検事で、そのため、公証人がチェックした書面には信用力があります。
遺言だけでなく、通常の契約書を公正証書にしておくことは、二重の意味でメリットがあります。
まず第一に、先程述べたように、執行力があるという点です。裁判には時間と金がかかります。統計上、裁判で争われる請求額の平均は1500万円前後だそうです。逆に言えば、これを極端に下回る請求額で争えば、元を取れない可能性が出てくるということです。また、勝訴判決を得たけれど、その間に被告が財産をどこに隠してしまい、判決文が紙くずになるケースは数え切れないほどあります。裁判所は、財産探しまでは面倒見てくれません。もちろん、それは公正証書の場合も同様ですが、タイミング良く執行をかければ、このようなリスクを減らすことができます。
また、公証人の前で、公正証書を作成するということは、それだけこっちが本気だということを相手側に伝える心理的効果があります。
公正証書には、以上のようなメリットがありますので、もっと幅広く利用されることをお薦めします。
ところで、先日、ユダヤ人に関する本を読んでいたら面白い記述に出くわしました。ユダヤ人は10世紀ごろ、ゲルマン社会に進出しますが、当時から識字率が高く「書誌の民」として尊敬されていました。ところが、1~2世紀も経つと、多くのユダヤ人たちが金貸しに従事するようになり、同時に賤視が始まってゆくのです。特にイギリスでは、彼らの客は、主にジェントリーという言われる騎士階級で、手柄を立てるために王様に従って戦争に行く際の費用を調達するために、ユダヤ人から金を借りたと言います。その際、ユダヤ人金貸しは3通の契約書を交わしました。2通はもちろん当事者二人ですが、もう1通は役人が保管し、後日これを証明するためのものです。これによって金を借りた人間が後で言い逃れできなくなったのです。そして、ユダヤ人金貸しは、莫大な富を築いてゆきますが、一方、相手が騎士だっただけに殺される場合も多かったようです。しかし、それでもこの商売のノウハウを改めようとはしませんでした。
この契約書の1通を役人が保管するという手法、何かに似ていませんか? これは、まさに公正証書的な発想です。ローマ法などもあるので、起源はもっと古いものかもしれませんが、ヨーロッパ社会のユダヤ人金貸したちが公正証書的手法を広めた、とは言ってもよさそうです。
私は、以前、サービサーという債権回収会社に勤めた経験があります。そこには、大手金融機関の出身者から、元街金の者までさまざまな前歴の社員たちがおり、その中に元商工ファンド(SFCG)の者がいました。先日、SFCGの代表・大島健伸氏が逮捕され、新聞を賑わしましが、大島氏はこの公正証書を好んで使ったという話を、彼から聞かされた覚えがあります。大島氏は合理的回収法を好み、その意味で「目玉売れ、腎臓売れ」といった荒っぽい取り立てで有名になった日栄の松田一男氏とは対照的であったと言われています。その大島氏が最も好んだ手法が公正証書であったというのは、非常に興味深い話です。
法律も技術と同じく、使い方によっては諸刃の剣になります。公正証書は効力のある手法だけに、もっと注目されて良さそうな気がします。