百年に一度の大改正
2011-03-18
成年後見
現在、百年に一度と言われるほど民法の大幅な改正が、水面下で着々と進んでいる。「本当かしら?」という思いもあったが、先日、この改正の中心人物と目される内田貴氏の講演が東京都行政書士会主催で行われた。
内田貴氏と言えば、学界の権威であると共に、司法試験には欠かせない「民法Ⅰ~Ⅳ」という隠れたベストセラー作家でもある。その内田氏が、東大教授の職を擲って民法改正検討委員会の事務局長に就任し、今回の大改正に一肌脱ごうというのだ。
民法と言えば、明治29年成立以降、旧態依然とした観が拭えなかったが、このところ、成年後見制度の導入(平成12年)、短期賃借制度の廃止(平成15年)、現代語化(平成16年)と、立て続けに改正が行われている。しかし、今回の改正はこれらのものとは比較にならぬほど大規模なものだという。
改正の主眼は、次のようなものである。今まで民法がわかりにくい理由の一つに、従来は、条文に現れていないが、実質的には法律と同じように機能してきた判例の存在があった。その判例を、条文に書きこみ、法律をみればすべてわかるようにしようというのだ。要するに、日本における民法百年の蓄積を全部条文に盛り込もうという、壮大な企てなのだ。さらに、現在、グローバリズムが欧米諸国主導の下に展開されているが、この分野においても、日本が世界に向けて発信していかなければならないという。これは、中国にはできぬ日本だけにできる仕事なのだと、内田氏は意気込みをあらわにする。
そのために、改正への日程はまだ決まっておらず、納得の行くまで徹底的に行うということだ。また、今までの民法の不要な部分も、これを機にばっさり削除するという。例えば、短期消滅時効には、年金・恩給・扶助料・地代・利息・賃借料(5年)、医師・助産師・薬剤師の医療・助産・調剤に関する債権(3年)、弁護士・弁護士法人・公証人の職務に関する債権(2年)、ホテルや旅館の宿泊料・キャバレーや料理店などの飲食料(1年)と言った具合に、不必要に細かな規定がある。これらの由来を調べていくと、ナポレオン法典につきあたるが、本国フランスでも、このような規定はもはや存在しない。今回の改正を機に、これらももっとすっきりした形にしたいということだ。
また、民法は、債権法と不法行為法と大きく二つの分野に分かれている。前者はいわゆる契約違反のケース、後者は、人を殴ってしまったり、交通事故を起こした場合などの損害賠償のケースである。今回の改正は、主に債権法に関して行われるが、不法行為法については、これが終わった後と言うことなる。
この改正は、民主党政権の下で行われる可能性が強いが、作業自体は自民党政権の頃から行われてきており、どちらの政権でも特に異論はないそうだ。
そして今回は、パブリックコメントを呼び掛け、新しい民法を作るにあたって、国民に幅広く意見を求めている。
さしずめ私などは、成年後見制度において、後見、保佐、補助の三類型があるが、使い勝手の悪い保佐などは廃止して、後見と補助の二類型にしてしまえばいいと思っている。
また、現代語化で進められてきた用語の平易化をさらに推し進めてほしいと切に思う。今回の改正のねらいの一つに、国民にとって法律の敷居をもっと低くすることも挙げられている。英語では、法律用語は日常用語により近いと言われているが、現代語化が行われても、まだまだ日常用語とかけ離れた難解な用語が民法には多数見受けられる。例えば、成年後見に関する条文では、「事理弁識能力」という言葉が使われているが、あまりに難解なので、家庭裁判所のパンフレットなどでは、「判断能力」という言葉に置き換えられている。ならば、いっそのこと条文も、そのように改められないものだろうか。
また、もう一つ条文には出てこない学術用語が、六法の条文要約や法律解説書にしばしば出てくる。これらの中にも難解なものやドイツ語の直訳、中には語訳まで含まれている。たとえば、民事訴訟法で「訴訟物」という言葉を聞いたことがあると思うが、「請求」を意味するのに何で「物」なのだろうと思った人は多いであろう。しかも、民法では「物」を厳格に定義している。昨年研修で、これが誤訳であると講師から聞かされて愕然とした。
「だったら、早く直せばいいじゃん……」
また、民法における解除条件・停止条件など、言葉と概念が結びつきにくいため、私など中年以降に法律学習を始めた者にとって記憶に定着しにくい用語もある。
そこで、一つ提案なのだが、パブリックコメントをさらに推し進め、アンケートのような形でどのような言葉にしたらわかりやすいかを、国民全体に問うてみたらいかがだろうか。また、用語だけではなく、法律の内容に関してでもいい。法律全体の整合性や学説に関わる事柄は難しいにせよ、端的にどちらの条文にした方が望ましいかを問えるようなケースもたくさんあるだろう。裁判官などはよく、「心の耳」で国民の声を聞くなどと言うが、そんな曖昧で神がかり的な形ではなく、もっと統計的手法を用いるべきである。
とにかく民法の大改正は、わくわくする動きである。今後もこれに注目し、私もできればパブリックコメントを寄せたいと思っている。