星野監督、これは氷山の一角です。
2008-02-17
成年後見
数日前、日テレの「NEWS ZERO」で、こんなニュースが流れた。
札幌市の食堂で、知的障害者の男女4人が13~30年もの間、無給で働かさせられていたという事実が発覚した。労働時間は毎日12時間で、男性の食事は朝昼2回、女性は3回、しかも調理場で立ったまま、残り物を食べていた。休日は月に2日、銭湯は週に1回のみ。しかも、障害者年金まで詐取されていた。
札幌市も、その事実を知っていながら、保護するまでに8カ月も要した。問題の経営者は、現在行方不明とのこと。
その日のコメンテーターの星野監督は、「これは事実でないでしょう。今の時代にこんなことがあるなんて考えられない。もし事実だとしたら、絶対に許せない」と大声を張り上げていた。
この事件は、現在の軽度の知的障害者を取り巻く状況を、象徴的に示しているとは言える。すなわち、これに類した事件は、他でもたくさん起きているに相違ない、と言うことである。
「今の時代にこんなことがあるなんて考えられない」という星野監督の思いとは裏腹に、今の時代だからこそ、このような事件が頻発しているのではなかろうか。
今日、行政指導や違法行為など何とも思わない悪徳経営者が跋扈し、企業社会の闇の部分がどんどん広がりつつある。彼らは、どこかの暴力団に属しているわけでもない、単なるモラル感の欠如した小悪党の群れである。そのような連中と、従順で疑うことを知らぬ知的障害者が遭遇したとき、このような事態が常に発生しかねないのである。
例えば私は、次のような事例を知っている。
30代半ばの、知的障害の男性で、現在、派遣会社に勤めている。彼の両親はすでに亡くなっており、親の死後、田舎から出てきたのだそうだ。その男性は、派遣会社の社員寮のようなアパートで暮らしているが、4人で借りているにもかかわらず、通常の一人分の家賃並みの法外な賃料を支払わされている。また、給料は、なぜか同僚の者が代わりに受け取りに行く。その男性は、「貯金が10万円貯まったので、そろそろ、家を買うのだ」と嬉しそうに語っていた。
最近は、ネットカフェ難民の問題が報じられているが、住家を持たない若者を囲い込みタコ部屋のところに住まわせている派遣会社が増えているという話もある。
知的障害の判定方法は、基本的にIQで、IQ70前後が健常者とのボーダーとされている。IQは、100を平均値として、偏差値と同じく釣鐘状のカーブを描くため、100に近いほど出現率も高い。したがって、IQ70前後の軽度知的障害者の数は、重度者に比べ遥かに多いのである。
その中には、先の例のように、親に先立たれ、グループホームや入所施設にも入れず、年金も大した額は貰えず、そのため自活を余儀なくされているケースが当然含まれてくる。派遣業界、運送業など、単純肉体労働の仕事に、多くの軽度知的障害者が従事していることは、紛れもない事実なのだ。そして、彼らが悪質な経営者のもとに雇われた場合、カモにされてしまう危険性がきわめて高いのである。
先月、毎日新聞でテレビドラマ「だいすき!!」のコメントをさせてもらった。もしあのドラマの主人公の知的障害者、柚子(ゆず)に、守ってくれる母親や弟、義理の妹がいなかった場合のことを考えたら、そのことは容易に想像がつく。
成年後見は、判断能力が不十分な人のための制度であり、その対象には知的障害者も含まれている。後見人等の役割の一つに、判断能力が不十分な人を、悪質な連中から、法的に守ってやるということがある。具体的には、悪質商法などの被害にあった時、取消権を行使するという例がよく挙げられるが、労働搾取の事例はあまり聞いたことがない。成年後見の制度設計上、そのようなケースはそもそも初めから念頭に置かれていなかったのではなかろうか。過酷な労働条件で働かされ権利侵害を受けた後、雇用契約を取り消したところで何の解決にもならない。本人に代わって、経営者を訴えることぐらいはできるのであろうが、知的障害者の場合、この裁判は容易ではないはずである。
この辺まで来ると、私の思考はストップしてくる。すなわち、問題点は指摘できても、これをいかにして解決するかということについては、私の能力を遥かに越えているからだ。このようなことを念頭に入れて、成年後見制度の機能を拡充することが可能なのか、あるいは、労働法の整備に任せるべきものなのか、その辺については全くわからない。いずれにせよ、労働現場で権利侵害を受けている知的障害者が、水面下にたくさんいるのだから、何らかの対策が必要だ。
また、現時点でも、彼らの後見人になることによって、権利侵害を受けないようアドバイスすることは可能であろう。しかし、申立は誰がするのか、無産者に近い彼らにこの制度にかかる費用が負担できるのか、といった問題もある。このようなことを考えていくと、天涯孤独の軽度知的障害者が、この制度を利用する道は、絶望的に閉ざされているような気がしてくるのである。