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イギリスのEU離脱を喜ぶ

2016-07-28
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 国民投票の結果、イギリスのEU離脱が正式に決まった。日本ではほとんどの者が残留派を支持し、離脱派の支持者はごく僅かに過ぎないように見える。そして一般的には、離脱派は、感情的で、排外主義であり、さらにポピュリストであるといったレッテル貼りが、何の疑いもなく行われている。しかし、少し考えればわかることだが、英国民の半分以上が支持したこの決断を、単なる感情論や排外主義で片づけて良いはずがない。離脱派の中には知識人も含まれるが、彼らの主張が日本で紹介されることはほとんどない。そして、STAP細胞事件の時と同様、一律報道をお家芸とする日本のマスコミによって、同じ報道ばかりが蔓延したのだった。
 離脱派の主張の要点は、やはり主権に関する問題であろう。近代国家においては、間接民主制が取られているが、間接とは言っても、国民意思の反映を実感できる形には、一応なっている。ところがEUの場合、欧州委員会によって重要な決定がなされるが、その実態は官僚制であり、そしてこの決定を、加盟国政府は必ず受入れなくてはならない。つまり、政府の権能が完全に骨抜きにされてしまう危険性があり、これを懸念するのは当然であろう。
また、EUに残留した方が合理的であるという場合の合理の意味とは、単に経済的合理性のことであり、もっとわかりやすく言えば、損か得かの問題である。日本では特に、円高要因になるとの不安の声が上がっているが、これこそ最近流行語にもなった「sekoi」話ではなかろうか。株や為替に短期的混乱を招くことは避けられないであろう。しかし、そのようなことはEU離脱という歴史的事件に比べれば、些細な問題にすぎぬのである。
 また、EUの役割として、平和の維持ということがよく言われる。しかし、第二次世界大戦後、西ヨーロッパ世界で戦争が起きていないことが、EUのお陰と果たして言えるのだろうか。EUの前身であるECの原加盟国は、フランス、西ドイツ、イタリア、ベルギー、オランダ、ルクセンブルクであり、いずれも民主主義が発達し、経済的に豊かな国々である。その後、EUは28か国に拡大し、東欧や南欧を包含するようになったが、EUの基本的な性格は先進国連合であり、そのブランドに惹かれ、身の丈に合わない国までもが加盟を望むようになったのだ。
「民主主義国は戦争を回避する」(カント)、「マクドナルドのある国同志は戦争をしない」(T.フリードマン)などと言われるが、これを下品に言わせてもらえば、「金持ち喧嘩せず」ということになろう。要するに、EU諸国において、第二次世界大戦後戦争が起こらなかった本当の理由は、「金持ち喧嘩せず」の論理が有効に働いた結果だと言えるのではないのか。同様のことは、日本についても言える。ゆえに、EUにノーベル平和賞を与えたなどと言うのは、少々過大すぎる評価だと思う。しかし、EUがさらに拡大してゆき、先進国以外の加盟が増えていけば、今後も平和が維持されていくという保証はない。さらに、移民問題のように、欧州委員会が、加盟国の事情も考慮せず無理難題を突き付ければ、緊張や紛争を招くことにもなろう。
 平和と並んでEUの理想主義をかたるものとして、死刑制度の廃止がある。EUは加盟の条件として、死刑廃止を掲げている。しかし、イスラム過激派によるテロが頻繁に起こるようになってから、実行犯をその場で射殺するケースが増えている。これは、逮捕すれば死刑にできないので、国民の応報感情を慰藉するためあえて裁判には持ち込まずその場で殺害している、という憶測が流れている。筆者は、これは真実だと思う。死刑制度廃止の結果、生命尊重やデュープロセスがないがしろされるといった、皮肉な状況が生まれているのである。
 高い理想を追い求めた結果、現実が歪められるといった状況は、移民・難民問題についても言える。シリア難民の受入れといった人道主義の背景には、安価な労働力の供給といった経済界やグローバリズムの要請があることは明らかである。これは、今回のシリア難民のケースだけではない。過去に流入にしてきた移民や難民も、二世の代になってようやくこのことに気づかされ、それがホームグロウン・テロの温床になっているのだ。シリアの場合、アサドというカリスマが死ねば帰還できる可能性が高いのだから、帰還を前提にして、難民の子弟にはアラビア語の教育が施されるべきであろう。しかし、それでは受入の本当の目的が果たせなくなるので、そのようなプログラムは行われないのだ。

 EU離脱には、政治や経済の側面だけではなく、文化の問題ともかかわっている。すなわちそれは、EUの文化的統合によって、英国文化がヨーロッパ文化圏の中に飲み込まれ、独自性を失ってしまうのではないか、といった懸念である。
 かつて、東京MXで「ゴールデンアワー」という番組があり(司会:徳光正行、2012年9月終了)、さまざまニュースについて日本在住の外国人がコメントをするといった趣向が面白く、筆者はこれをいつも見ていた。この番組の中から、サヘル・ローズや春香クルスティーンなどが有名になっていくのだが、他にもたくさんの外国人が出演し、その中に荒パスカルというベルギー人と日本人のハーフの女性がいた。このパスカルが、自国について語るとき、いつも「ベルギー」ではなく「ヨーロッパ」と言っていたことが今でも強く印象に残っている。ベルギーはEUの本部ブリュッセルを首都に持つ国であり、それが彼女に「ヨーロッパ人」としてのアイデンティティをもたせていたのではなかろうか。
 しかしこれはあくまでパスカルだけの話であり、他の外国人出演者すべてが「ヨーロッパ人」と語っていたわけではない。もしEUによる文化的統合が進んでいけば、より多くの人々が、「ヨーロッパ人」としての自覚を持つようになるのかもしれない。しかし、国や国民性はそのまま残るので、ある種の、二重のアイデンティティといった意識をもたらすのではないか。実は日本人も、かつてこれとよく似た経験をしている。幕末の頃、すべての日本人は藩に帰属する意識を持っていたが、明治になると、「日本人」という新たなアイデンティティをもつに至った。日本の場合、藩に対する意識は急速に薄れていくが、ヨーロッパの場合、けしてそうはならないであろう。そして、二重アイデンティティが続くことは、精神のあり様として、不自然さを免れないのではないのか。

 文化的統合には、歴史的要因だけではなく、地理的サイズといった要因も関与しているように思う。ヨーロッパの源流として、ゲルマン人が作った国、フランク王国がある。この国の版図は、ギリシャやローマよりも、現在のEUの中心国のものと重なっている。フランク王国が隆盛を極めたのは、8~9世紀のカール大帝(742~ 814)の頃で、その版図はフランス、ドイツ及びイタリアに及んだ。カールの死後フランク王国は、西フランク王国と東フランク王国に分裂し、それぞれがフランスとドイツへとつながっていく。すなわち、長いスパンで見れば、ヨーロッパは瓦解・分裂のプロセスを辿り、その結果、現在のヨーロッパ各国が形成されたのだ。長い間、再び統合へと向かわなかったことを考え合わせれば、現在の各国の領域とサイズが、安定的に機能したからではないかと考えられる。ゆえに、EUの試みは、ヨーロッパの長い歴史に逆行するものと言えるのだ。
 我が国においても、幕末から明治にかけて「日本人」というアイデンティティを獲得できたのは、文化のサイズが適当な大きさだったからではないだろうか。その証拠に、さらに領土を拡張しようと目論見、「大東亜共栄圏」なるものを打ち建てた途端、ものの見事失敗に終わっている。
 大きな文化的サイズをもつ国として、アメリカ合衆国、ソビエト連邦、中国などがある。ソ連はロシア等に解体してしまったが、ロシアの場合、大多数がロシア民族によって構成されている。また、アメリカは歴史の浅い人工国家であり、しかもWASP(ホワイト、アングロサクソン、プロテスタント)という同質な支配層が存在する。中国は、北方異民族との力関係において、長い間、統合・分裂を繰り返してきたという、特殊な歴史的背景を持つ。
 そして、これらの国々とEUとでは、その成り立ちや性質において明らかに異なっている。例えば、アメリカ、ソ連(ロシア)、中国では、それぞれの国の名において、オリンピック選手を派遣しているが、これはナショナリズムが成立していることを意味する。スポーツにおいて熱狂と一体感を味わうことができるのは、ナショナリズムの発露によるものである。しかし、EUの場合、ヨーロッパ・ナショナリズムなどというものは存在せず、そのため文化的統合の基盤もこれらの国々に比べより脆弱と言えよう。
 オリンピックの他にもう一つ、文化的統合を測る尺度として、「財をシェアできるか」といったことがある。例えば、日本であれば、全国から徴収した税収を地方交付税として経済的に貧しい地域に交付したことに対して、他の地域から文句が出ることはない。ところが、ヨーロッパの場合、ギリシャ危機を見てもわかるように、ギリシャがEUやIMFから借款を受けただけで激しい非難を浴びることとなる。このことは、EUの文化的統合がいまだ未成熟であることをうかがわせる。非難はドイツを中心に起こったが、ドイツは本来なら日本のようにマルク高に苦しまなければならず、EU内に輸出競争力の弱い国々があるからこそ、為替上有利な立場を得ているのだ。このことを忘れ、まるで自力で繁栄できたのかのように錯覚しギリシャを非難することは、そもそもおかしな話なのである。

 ギリシャ危機を見てもわかるように、「ヨーロッパ人」への道は前途多難なように見受けられる。もしこれが実現不可能なほど高いハードルなら、早いところ見切りをつけ、単なる経済共同体に戻した方が賢明ではないかと思う。EUは歴史的実験などとよく言われる。しかし、実験には失敗がつきものであり、それを見極めないと、かえって深刻な事態を招くことになろう。今回のイギリスのEU離脱は、EUについて改めて見直す、良ききっかけとすべきである。




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