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乱世を生きる―市場原理は嘘かもしれない(橋本治、集英社新書)

2010-10-04
その他
 私には、著者にまつわる不思議な思い出がある。小学生の頃、大橋巨泉司会の「11pm」という番組で、東大生が出てきたことがあった。子どもなので、何を話しているかはさっぱり理解できなかったが、後年、その中の一人が橋本治氏であることがすぐにわかった。自慢ではないが、私は人の顔を覚えるのは苦手である。一度会ったことのある人間と、別のところで待ち合わせすることですら、不安を覚えるくらいである。その私が、十年近くも経ってから、しかもテレビで一度だけ見かけた人物の顔をはっきり覚えていたというのは奇跡に近い。ちなみに、その時、東大生は3人ぐらいいたと思うが、他の二人については全く記憶がない。橋本治氏と言えば、東大駒場祭で、「とめてくれるなおっかさん 背中の銀杏が泣いている 男東大どこへ行く」というコピーを考えついた人物として知られている。その時の番組は、恐らくこの時のことを取り上げたものと推測される。
 かと言って、その後、私が、橋本氏の熱烈な読者になったのかと言えば、そんなことはない。大分昔に、『桃尻娘』や『桃尻語訳枕草子』などを少し読んだくらいである。しかし、気になる人物であり続けたことには変わりない。
 今回、久かたぶりに著書を紐解いたわけだが、この本は、『「わからない」という方法』、『上司は思いつきでものを言う』に続く三部作の完結篇に当たるものだという。タイトルからもわかる通り、全編、経済について論じられている。いわば、経済に門外漢である著者が、素人の切り口から専門家が気づきにくい問題について語っていこうという趣旨らしい。その中で、「わからない」という言葉を連発する。第一作が『「わからない」という方法』だったように、どうやらこれが著者の知的戦略らしい。しかし、残念ながら、この戦略が成功しているとは思えない。例えば、エコノミストは「世界経済が破綻したら、どうなるだろう」などいうことは絶対に言わない、と断言しているが、しかし金融系シンクタンクのエコノミストならともかく、大学に職を得ている者なら、そんな制約は特にないはずだ。
 例えば、中谷巌氏の『資本主義はなぜ自壊したのか』(集英社)という本があるが、著者は、ハーバード大学でアメリカ流の経済学を学び、明快な論理性に魅了された。そして、日本に戻ってきてからもこの経済学に疑問を持たず、構造改革推進派の立場から竹中平蔵氏らと一緒に政府委員を務めたりもする。しかし、格差社会の到来を目の当たりにし、それが誤りであったことに気づき、転向する。中谷氏は冒頭で、本書は懺悔の書であると述べ、カール・ポランニー『大転換』等を引いて、市場そのものに疑問を投げかけている。蛇の道は蛇というが、やはり表も裏も知り尽くした者の方がより根源的な批判ができるのではないか。アメリカのジョセフ・E・スティグリッツなども、ノーベル経済学賞を受賞し、世界銀行の副総裁を務めたこともあるが、過激な論陣を展開している。
 ところで、橋本氏も認めるように、本書では途中でよく脱線し、そのことが読者の理解を妨げている。経済を論じている最中、いきなり小学生時代のバレンタインデーのチョコレートの話へと話題が飛ぶ。最後まで読み進めると、橋本氏には自分が少年時代を送った昭和30年代への郷愁があり、これは当時の経済システムを象徴するための例示であったことに気づく。恐らく橋本氏のファンなら、そのことを押さえつつ読み進めるのであろうが、その前提を知らぬ者にとってはいたずらに混乱させられる。あとがきには、2週間で書き上げ、調べものもしなかったと、悪びれずに書かれているが、全くそういった感じの内容なのである。
 第1章では「勝ち組」と「負け組」のことが話題として取り上げられ、自分は「負け組」であると宣言する。なぜなら、借金があるからだという。そして、例の「わからないという方法」によって、「勝ち組」と「負け組」ってよくわからないと言いだす。しかし、橋本氏の属する物書きほど、「勝ち組」と「負け組」がはっきりしている世界も珍しいのではないか。それを裏付けるように、著書プロフィールの欄には、東大国文科卒業を皮切りに、講談社小説現代新人賞佳作受賞、第9回新潮学芸賞、小林秀雄賞、第18回柴田練三郎賞受賞と言った文字が、小さなスペースの中所狭しと並んでいる。これが「勝ち組」の証明でなくて何であろう。
 このように橋本氏は、物書きの世界では、まごうかたなき「勝ち組」である。そして一定の固定読者層を持っているがゆえに、新しい読者にとっては全く不親切な本を、平気で出版することが許されるのである。これは、よく言われるブランドバリューの話である。500万円以上もする高級腕時計の原価は、たかだか2万円程度らしい。同様に、橋本氏の本にもブランドバリューがあるため、労働価値が低いにもかかわらず、それなりによく売れるのである。そして、このような空虚な価値が過大評価されてしまう仕組みこそが、バブル経済に通じるのである。
 ところで、橋本氏の『桃尻語訳枕草子』は傑作である。これは、古典作品に精通した氏ならではの名訳であり、これを完成させるためには、多くの時間が費やされたに違いない。物書きとは、本来こうあるべきである。初心に立ち返り、内なるバブルと訣別してほしい。


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