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フランステロ抗議デモへの違和感

2015-01-12
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フランステロを非難するデモが行われ、フランス全土では370万以上の人々が参加し、オランド大統領を初め各国首脳もこれに加わったと言う。その目的は、「言論の自由・表現の自由」ということだが、これに違和感を覚えるのは筆者だけであろうか。
そもそもデモとは、民衆が権力者や政府に対して行うものであり、この強者と弱者の構図が、このデモにおいては逆転してしまっている。すなわち、デモに参加した各国の首脳とは、フランスのオランド大統領、ドイツのメルケル首相、イギリスのキャメロン首相、また、ロシアやアメリカの要人であり、ヨルダン、イスラエル、パレスチナを含むとはいえ、要は、旧宗主国が、かつて植民地だった国々の一部の過激分子に対して、「言論の自由」を訴えかけているということになる。つまり、通常のデモとは、強者と弱者の関係が反転しているのだ。
もう一つ、「言論の自由」というが、これは政府が自国の国民に対して保護するという法制度の問題であり、フランスの場合、これはすでに完全に実現されている。今回も、犠牲者の中に警察官がいるが、これは、「シャルリー・エブド」誌の編集者を護衛するために配置されていたからであり、このテロが警察にとって想定内のものであったことがうかがえる。フランスでは特に警察が強く、本件では「言論の自由」を守るための準備も抜かりなく行われていたが、結果として失敗に終わったと言うことに過ぎない。ちなみに、この銃撃において発射された銃弾は30発であり、この弾数で12人が射殺されたのだから、このアルジェリア系の兄弟は練達のスナイパーだったということになる。しかもその後、対テロ特殊部隊を含む18,000人規模の警察が包囲していたにもかかわらず、容疑者を逮捕せずに射殺したということは、はなから報復が先行していた可能性がある。この結末は、ビン・ラディン殺害の時とよく似ている。
要するに筆者の言いたいのは、今回の件で、法律レベルにおける「言論の自由」が毀損された形跡は全くないにもかかわらず、デモ行進を行う理由はいったい何かということである。これを敷衍すれば、「言論の自由ないし表現の自由」をより徹底的に追及した思想、すなわち、道徳レベルにおける「言論の自由」を全世界に押しつけることにならないだろうか。元々「自由」には副作用が伴うものであり、それゆえ、「言論の自由」に対しても「名誉棄損」などこれを制限するための法制が必ず存在する。ハンチントンの「文明の衝突」論を持ち出すまでもなく、このような制限は文明によって異なるのである。「シャルリー・エブド」誌は、キリスト教に対しても風刺を行っていたと言うが、これはあくまで西欧社会における話であり、他文明圏における神や教祖を冒涜してもかまわないという理由にはならない。例えば、「ヨセフは身に覚えもないのに、かみさんが身ごもっちまって、きっと気が気ではなかったろうぜ」といった類の風刺が、キリスト教世界では中世の頃から行われていたのである。しかも、今回のデモが訴えかけている相手は、ヨーロッパがかつて収奪や虐殺を行った民族の末裔なのだ。今回の一件で、西欧社会が学ぶべきことは、「言論の自由や表現の自由」の確認ではなく、他文明、とりわけ自分たちがかつて植民地支配していた民族に対してもっと敏感になることではないか。
また、今回の日本側の行動として、一つだけ良かった点がある。それは、安部首相ないし政府要人がこのデモに参加しなかったことである。「シャルリー・エブド」誌の前身は、「Hara-Kiri」、つまり、「腹切り」であったという。日本人に対する悪意をタイトルにした雑誌が、いくら惨事に見舞われたからと言って、デモにまでお付き合いする筋合いは全くないようにも思えるのだ。


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